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October 19, 2014 at 12:17am
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欲動の全生活は死を招き寄せることに奉仕しているという前提・・・この光のもとで見られると、自己保存、権力、名声へと向かう諸欲動の理論的意義は色褪せてしまう。結局のところ、有機体はただ自分のやり方でのみ死のうとするのである。生の番人である欲動も、もともとは死の衛星なのである

— ジークムント・フロイト - Wikipedia

October 17, 2014 at 11:45pm
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Reblogged from dix-neuf

「無常観」、それをどんな風に説明すればいいだろう。国文学者の川端善明氏は、ある訳書の中で「在るものすべてへの絶望的なうとましさ」という表現を用いられた。これ以上の表現にはなかなか出会えまい。では、逆に「すべて無くなってしまえばよい」という虚無主義のことかといえば、それはちょっと違うだろう。さりとてそれは、季節の移ろいを楽しもうというだけの優雅な世界観でないことだけは確かである。
 「在る」ものの中には、それが無くなってしまうという宿命が含まれている。そのことに、堪らない苦しみを感じることが「無常観」の始まりだったのではないだろうか。

— 「無常観」と「死の欲動」 (via dix-neuf) (via honeydip5123)
2010-01-31 (via gkojax-text) (via yaruo) (via motomocomo) (via naka0621)

11:44pm
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Reblogged from aznyan-ultimate

「無常観」は「在るものすべてへのうとましさ」に始まる。このうとましさをいったん経験した者がそこから逃れることはもはやできないとすれば、それを真理として受け入れる道を探るしかない。事実フロイトの思想はそのように展開した。そしてその後を受けたメラニー・クラインは、「死の欲動」から発生した「羨望」と名付けられる破壊的な心のあり方を、人間がいかに克服できるかという課題に取り組むことになる。「羨望」は、「在るもの」をすべて無に帰せしめようとする、自己の存立そのものをさえも。そうして、その末に人の至り着いた「無」だけが、創造という行為を保証する。無から生じるのは必ずしも創造だけではないとしても、「無」からしか本来の創造はない。「無常」はそうした「無」へ向かう我々の歩みを加速させる。

— 京都大学大学院人間・環境学研究科 新宮研究室 (via aznyan-ultimate)

(via hosakanorihisa)

October 16, 2014 at 8:06pm
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Reblogged from alarchy

ジョン・レノンは言った。
All you need is love
これを「愛こそはすべて」と訳した人がいるけれど、それは違う。
「君に欠けているのはね、愛だよ、愛」

— 内田樹の研究室: 『亡国のイージス』を観る (via alarchy) (via jinon) (via mcsgsym)
2008-03-11 (via yasaiitame) (via rokuroku) (via jesuisunechatte) (via shrineroof) (via rosarosa-over100notes) (via gkojax)

October 14, 2014 at 10:01pm
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Reblogged from pushthemovement
nuseon:

ポエティック

nuseon:

ポエティック

(Source: pushthemovement, via thresholdnote)

October 13, 2014 at 1:08am
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Reblogged from 4hey4hey

生きざまはTumblrに刻んだ Tumblrを墓標としたい 死んでもたまに誰かがreblogしてくれる

(via yaruo)

— Tumblr (via mcsgsym, 4hey4hey) (via katoyuu) (via highlandvalley) (via tumbladdiction) (via shinoddddd) (via twinleaves) (via shortcutss) (via pipco) (via mmmmmmmmmy) (via ak47) (via suyhnc) (via singsong2)

1:08am
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Reblogged from ginzuna

「人がいつ死んでしまうかわからない」と正直に感じる人は、大抵どこか壊れている。
普通の世界は、そういう「虚無」というものを隠蔽するために、仕事したり、恋をしたり、家族を持ったり、夢中になったり、空気を読んだり、旗をふったり、戦争したり、僕らは大騒ぎして生きているのだ。「空気に合わせて楽しく生きる」というのは、世界の虚無を隠蔽する陽気なお祭り騒ぎだ。
でも、一部の人は、自分の心に対してそういう隠蔽をスルのが下手だ。
そういう人は、みんなが盛り上がっている瞬間に、ふと世界に醒めてしまう。そして、その世界に醒めていること自体を必死で隠そうとする。糖衣が剥がれてしまった苦い薬を、甘いままであるようなふりをしてしゃぶり続ける。

— 3ToheiLog: 「珈琲時間」読了 (via reretlet) (via lunaryue) (via saitamanodoruji) (via blueskies-jp) (via yellowblog) (via chordstriker) (via pepepepe) (via daydripper) (via jinakanishi, ginzuna)
2010-02-01 (via rosarosa-over100notes) (via mcsgsym) (via hustler4life) (via handa) (via rain-drop) (via n-enot) (via nemoi) (via ibi-s) (via kamospa) (via hetaremozu) (via kanabow) (via katoyuu) (via jpegirl) (via 0ku60) (via ppparallelll) (via twinleaves) (via astoron) (via s-akiyoshi) (via yellowblog) (via n-enot)

October 11, 2014 at 10:58pm
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台風19号:「今年最強の台風」を国際宇宙ステーションから撮影 « WIRED.jp

台風19号:「今年最強の台風」を国際宇宙ステーションから撮影 « WIRED.jp

October 10, 2014 at 11:59pm
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Reblogged from takawo

ところが、ここが小説というものの底知れなさなのだが、読んでいるときはまったくおもしろくないくせに、読み終えて半年くらいたって、近所のラーメン屋でなんとなく野球中継を見ながら餃子を食べているようなときに、いきなりその小説の真価にはっと気づいて、まるで天啓を受けたようになり、あわてて家に帰って読み返すとちょうおもしろい、これはこういう本だったのか、と発見してしまう、といったことが起こるのである。テキストが自分をひっぱり上げてくれる。だからこそ、最初に読んでちょっとくらいおもしろくなかったくらいで、テキストをかんたんに放り投げるというのは、してはいけないとおもう。

つまりは沈殿である。作者が書いた言葉は、すぐに読み手に伝わるとは限らず、記憶のどこかにいったん沈殿して、いつかふたたび意識に浮上してくる、というようなことが起こるのではないか。それがすぐに役に立つとか、ためになるとか、そういう損得ではなくて、時間をかけていろんな言葉を意識の底の方まで沈めていって、そこからしだいに自分でも予想しなかったような言葉が浮かびあがってくるのとかがちょうおもしろい。そうやっていろいろな表現や言葉がふくらんでいく。だから小説はたのしい。

— 2008-11-21 - 空中キャンプ (via suyhnc) (via tiga, takawo) (via gkojay) (via pipco)

October 9, 2014 at 10:47pm
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Reblogged from anthonyshane

(Source: anthonyshane, via mekarauroko)